題字 黒田長成の書に拠る

修猷館の名は尚書「微子之命」の章句、「践修厥猷」から取られた。「微子之命」は周の成王が、微子啓に命じて殷の後に代らしめた時の詔で、微子は殷王の元子である。周の成王は微子に対し、「汝の祖である湯王は慎み深く正しく、道理に通ずることひろく深く、天の助を受けて天下を取られた。而して夏の邪虐を除き、民を愛撫して寛政を行い、六百年の天下を保つことが出来るように其の子孫に徳を垂れた。汝は湯王のその道をよくふみ修めて、古くから有徳の誇りが高い。その上敬神の心あつく、親祖に孝,神人にはつゝしみ深くうやうやしく仕えている。予は汝の徳をよみし、篤くして忘れぬ。上帝は祭りを受け、下民も粛敬して和合するから、汝を上公として東夏の諸侯の長とする。・・・・・・」の意であるが原文は次の通りである。

 

前略「嗚呼、乃祖  成湯、克斉聖広淵、皇天券佑、誕受厥命
   撫民以寛 除其邪虐 功加干時 徳垂後裔 爾惟践 修厥猷 旧有令聞 ・・・・」後略

       なんじ        よ
 嗚呼 乃の祖 成湯 克く斉聖広淵なり
          おおい 
 皇天 眷佑し 誕に 厥の命を 受く

 民を撫するに 寛を以てし 其の邪虐を 除く

 功 時に加はり 徳 後裔に 垂る
 なんじ こ    そ   みち  ふ       ひさしく
 爾 惟れ 厥の猷を 践み修め 旧 令聞あり
 
                       尚書 微子之命 より