創立以前
年 号 沿  革  摘  要
慶長5年
(1600)
黒田氏,筑前国領主となる。
初代藩主 長政 は父 孝高〔如水〕の文武奨励の意向をさらに押し進め,江戸屋敷に林道春〔羅山〕を招き,世子忠之以下藩老と共に論語・孟子等の講義を聴き,また万葉集・栄華物語を侍臣に写本させて読んでいたが,ただに和漢の学にとどまらず,聖書にも手をのばし,父如水と共に切支丹の洗礼を受けていた。
黒田藩では,早くから学者を重用し,実務面にも学理を重視したので,儒学・国学・本草学・農学・医学等,種々の学問が栄え,幾多の優れた学者が出るようになった。
寛文4年
(1664)
貝原篤信〔益軒〕藩の儒官となる。後年,藩校修猷館の総受持〔館長〕を出した
竹田家は,その学風の主流であった。
宝暦12年
(1762)
亀井魯〔南冥〕亀井塾を開く。藩の儒医.徂徠学派の碩学,英邁豪放にして,門下から人材が輩出した。
明和6年
(1769)
第7代藩主 治之 封を継ぐ。
治之は学校設立を計画し,一方また亀井南冥の建白もあったが,ついに果たさずして世を去り,第8代藩主治高も,治封1年足らずで死去した。
天明3年
(1783)
第9代藩主斉隆なお幼少であったので,重臣等相謀り先主の興学の志を受け継ぎこれを実現させるために6月24日竹田定良・亀井魯を召し,おのおの居宅の近くに学校を創建することを命じた。

藩校時代
年 号 沿  革  摘  要
天明4年
(1784)
1月 唐人町に亀井の 甘棠館〔西学問稽古所〕,大名堀端,城の東門前に竹田の修猷館〔東学問稽古所〕竣工
2月6日 修猷館開館の儀を行う。初代総受持は竹田定良。学規19ヶ条あり漢学を専修せしむ。
修猷の名は尚書「微子之命」中の句「践脩厥猷」による。
天明6年
(1786)
4月  清の人,趙佑,依頼により「修猷館」の扁額を書く。
寛政7年
(1795)
第10代藩主 斉清 封を継ぐ。治封40年。
当代有数の本草研究家で,著書もあり,学問を奨励す。
寛政8年
(1796)
(久留米に明善堂創立)
寛政10年
(1798)
2月 甘棠館焼失。 6月 甘棠館の教師を罷免し,生徒は皆修猷館に編入。学制を改め教師を優遇す。 23日 竹田定良死す。61歳。 7月 修猷館の敷地に武術稽古所を設けて,武術百般,調馬,発砲を練習させ,文弱に陥ることを防ぐ。
文化11年
(1814)
3月 亀井南冥死す。72歳。〔自宅火災に遇い,端座して焚死すという〕
文政7年
(1824)
(12月柳川に伝習館創立)
天保5年
(1834)
黒田長溥 第11代の封を継ぐ。
長溥は特に学問奨励に心を用い,常に新文化に注意を怠らず,洋学導入に努め,藩の子弟の教育に終生絶大な熱情を傾けた。治封35年,その間,私金を以て多数の優秀な藩士を江戸・大阪あるいは長崎に遊学させ,さらに海外にも留学生を派遣した。後に修猷館の再興に尽力した金子堅太郎も,米国に派遣された藩校修猷館出身の青年藩士の一人であった。
明治元年
(1868)
6月長溥,居館の一部をさいて学校文武館をおこし、進歩主義に則って国学・儒学・算術・武芸を修めさせた。
明治4年
(1871)
3月 文武館の隣に演武場を増築して修猷館と合併し,藩学校と名づけて開校し,文武館を廃す。 10月25日 藩学校教師を罷免し,蔵書万巻,什器一切を県庁に納入して,藩校を廃止する。天明4年よりここまで87年10カ月。

再興過渡期
年 号 沿  革  摘  要
明治14年
(1881)
明治11年から県内に中学設置が具体化しはじめ,12年には福岡・柳川・豊津・久留米の4学校が発足,13年には6中学13分校に増加したが,県立中学校は入学年齢に制限があり,学費も高かった。これより先筑前においては,新時代に対処する種々の結社・私塾がつぎつぎに起こっては閉鎖され,これらの諸塾の発展的統合体ともいうべき向陽義塾も,1月7日閉鎖され,10日には私学藤雲館が開校された。藤雲館は黒田家の援助のもとに,修業年限3ヵ年で県民の子弟に,法律・英学を教授する専門学校であった。
明治17年
(1884)
県財政困難のため,15年以降,年々,県立中学を減らし,17年には県会は福岡・久留米・豊津の3校だけを残すことを協議した。

県立修猷館
年 号 沿  革  摘  要
明治18年
(1885)
1月 黒田長溥侯爵,生活に苦しむ旧藩士救済の方策として,「学校設立が最も有効かつ黒田家の恩顧が末永く及ぶ道である。」という金子堅太郎の献策を採用して,修猷館再興のために金子堅太郎と県当局及び福岡の旧藩士との種々協議の末,藤雲館の校舎・什器一切を黒田家が購入し藤雲館を廃館して,そのあとに修猷館を再興することが決まった。
5月30日福岡県令は福岡県立修猷館設置の旨を告示,9月10日 開館式,第1回入学生43名,再興当初の校名は英語専修修猷館。修業年限3ヵ年,英語専修を目的とし,英読本・英米史・数学・理科等の科目を英米の教科書で勉強した。名は県立でも,明治26年に県費補助となるまで,費用は全額黒田家の負担であった。
明治20年
(1887)
3月26日 夜本館より出火し全焼。 4月 旧警固小学校で授業再開。
6月 文部省規定による普通学科を加え,専ら英語教科書で教授する。
7月 地方有志集まり,校舎新築を協議する。
明治21年
(1888)
1月 黒田長知,黒田家貸費生制度を設く。5月 筑前の有志「黒田家の篤志を承け,修猷館を拡張維持するを目的とし,各郡内人民義捐に係る資金より生ずる年々の利子を県知事に寄付」するために修猷学会を組織〔27年7月,同会は業を終え,約4万円を黒田家に一任,黒田家はその金利のほか毎年多額の金員を県庁に寄付して修猷館の経営費にあてた〕。7月警固の仮校舎で第1回卒業式,卒業生4名。(県会,県立中学校廃止を決議)

中学修猷館
年 号 沿  革  摘  要
明治22
(1889)
3月 福岡県立尋常中学修猷館と改称。廃止された福岡尋常中学校の生徒146名を併合。5年制度になる。15日 かつての藩校修猷館跡,大名町堀端に旧師範学校校舎敷地が無償下渡となり,移転。
明治24
(1891)
3月24日投石事件。11月 尾崎館長,依願退職し,その後半年,館長を欠く。
明治25
(1892)
8月 金子堅太郎の勧誘により,教職員と卒業生の会,修献館館友会を創設,その会報は後の同窓会雑誌の萌芽となった。
明治27
(1894)
12月 制帽をドイツ帽型に変更し,幅の広い白線を加え,六光星の徽章を制定す〔星は朱舜水撰「楠公賛」の初旬「日月麗乎天」にヒントを得たものである〕。
明治28
(1895)
11月 生徒数680〔5年30,4年53,3年106,2年184,1年307〕。この年,校内に同窓会が生まれ,剣道・柔道・陸上・野球の4部を設け,教職員・在校生の体育向上をはかる。
明治29年
(1896)
2月 同窓会第1回大会〔4部の校内大会〕開催。11月に第2回大会。
5月 西新の現校地を購入〔20,867坪,12,393円17銭8厘〕
明治30
(1897)
夏目漱石来校。
明治32
(1899)
4月 福岡県中学修猷館と改称.現在の帽子の型が決まる。(中学校令改正)
明治33
(1900)
4月 黒田家の補助を離れ,純然たる県費支弁の中学校となる。
7月17日大名町から西新町新校舎へ移転す。
明治34
(1901)
4月 福岡県立中学修猷館と改称,生徒定員600名。
11月 化学実験課外指導始まる。
明治35
(1902)
1月21日 西新町校地内に寄宿舎西寮竣工,大名町より移転す。
8月 在校生代表,大学在学中の先輩広田弘毅等と協議の末,同窓会雑誌部を創設。
12月5日 同窓会雑誌第1号発行,年3回発行とする。この年,同窓会庭球部創設。
明治36
(1903)
4月 6カ月間の補習科が設置され,卒業生中34人が入学,この年,はじめて卒業生名簿が作られた。
明治37
(1904)
2月 日露戦争勃発。卒業生・教職員も続々出征。生徒は日夜出征兵士見送り等に多忙を極めた。8月 寄宿舎に電気灯ともる。
明治39
(1906)
7月 同窓会端艇部創設(過去3年間,全生徒各7銭を毎月醵出しイキ・チヨ・モミヂ3艇を新造。8月から一般生徒の乗艇開始.41年から全校の競漕実施).水泳部創設,全校の水泳指導始まる。
明治40
(1907)
3月 第19回卒業式,卒業生100名.式次:午後1時一同入場,館長開式の辞,卒業証書授与,館長誨告,知事代理告辞,卒業生総代答辞,在学生総代祝辞,  5カ年間皆勤優等生1名に〔教職員より〕賞品贈与,卒業生数人,5カ年間に修得せし所を壇上で披露〔孟子「魚我所欲」講読・英語で5年間の回顧・物理化学実験〕,閉式,来賓・卒業生父兄・卒業生に,別室で茶菓のもてなし,散会〔この形式が数年続く〕。玄関前に大蘇鉄を記念樹として植樹。
4月 生徒定員750。
明治41
(1908)
3月 第20回卒業式。卒業生1,000人を超す。卒業生醵集金若干円を西村館長に委託,西村奨学金生まる.4月1学年入学志願者703,合格者147。
明治42
(1909)
前年から1・2年生徒が毎日放課後,車力で祖原山から赤土を運び運動場整地。この年,車力をふやし,全学年生徒がこれに当たる。
明治44年
(1911)
11月 第1回文芸会を終日寄宿舎食堂で開催〔54題,82名登壇,弁論,英語対話,地理・歴史・物理・化学・博物・数学の研究発表,論説発表,即席揮毫等あり,年々回を重ねる〕。
明治45年
(1912)
2月2日 背振山頂まで往復雪中行軍〔夜11時学校発・翌夕4時帰校。かような行軍は大正時代にも何度か行われた。
大正3年
(1914)
5月 職員生徒から寄贈図書を募り,264冊を得て,図書館を開設。
9月13日 乃木大将追慕会を開く。後,太宰府夜行軍が始まり,昭和18年まで続く。
大正4
(1915)
5月30日 創立30周年祝賀式。卒業生から菁莪堂が献堂される。
大正9 
(1920)
7月 福日主催九州中等学校武道大会で柔道6年,剣道3年,連続優勝。
8月 第一回全国中等学校武道大会で柔道部,全国優勝。
大正12
(1923)
館歌制定,修猷ラジオ倶楽部発足し,ラジオ組み立てを始める。
大正14
(1925)
3月 福岡県中学修猷館と改称.5月30日 創立40年,卒業生三千人祝賀会。この年,ラグビー部創設。
大正15
(1926)
4月 同窓会の名称を学友会と改める。修猷科学研究会発足。11月 第1回修猷理科展開催〔玉屋・松屋百貨店を会場として,昭和11年まで続く〕
昭和2
(1927)
3月 寄宿舎廃止。 6月 県立福岡中学校全焼.本校教室の一部を提供す。
10月本校学友会,福岡中学校復興慈善音楽会を催し,2,058円余を同校に寄附。この年,地歴同好会,籠球部,排球部創設.幸田栄三郎〔5年生〕極東オリンピック(上海)で卓球単に優勝。
昭和3
(1928)
9月 水泳プール開設。
昭和5年
(1930)
1月 ラグビー部全国大会初出場。この年弓道部創設。
昭和6年
(1931)
12月 学友会雑誌の誌名を「修猷」と改め,年2回発行を年1回とする。
昭和8年
(1933)
5月 5年生,朝鮮に旅行。 11月 ラグビー部,佐高大会で3年連続優勝。
昭和9年
(1934)
9月17日 館旗制定式。
昭和10年
(1935)
5月 創立50周年記念式典。
昭和11年
(1936)
1月 雨天体操場・剣道場焼失。3月6日広田弘毅〔明31卒〕内閣総理大臣に任ぜらる。5月 5年生満鮮に旅行。生物部「郷土の自然」第1号を発行。
6月 金子堅太郎伯爵来館,修猷館の再興期を中心に,館の歴史について講演す。 7月 柔道部福日大会で優勝。 8月15日 葉室鉄夫選手〔昭10卒〕オリンピック・ベルリン大会200米平泳で第1位.11月体育館落成.
昭和12年
(1937)
2月11日 本館新築第1期工事完成。
昭和13年
(1938)
8月 古賀陸軍病院敷地の整地に勤労奉仕.
11月 ヒトラー・ユーゲント一行31名来校.本校生徒と交歓.
昭和14年
(1939)
4月 本館新築第2期工事完成。 8月 陸軍墓地敷地勤労奉仕。
昭和15年
(1940)
1月1日 粕屋郡萩尾高原に学校林を設置。3月 3年生,扁柏3万本植える。7月 2泊3日で第1回除草作業。 ラグビー部 明治神宮大会に出場。
昭和16年
(1941)
7月 報国団結成〔校友会の戦時体制化〕。萩尾学校林第2回除草作業。 9月 4年生,5年生芦屋飛行場整地作業に勤労奉仕。(食料増産に学徒動員。小学校を国民学校と改称。米英に宣戦布告。)
昭和18年
(1943)
10月 中野正剛〔明38卒〕自刃.
(女子学徒の戦時動員強化,学徒体育競技全廃)
昭和19年
(1944)
7月 1年生だけ授業,2年生以上は各地の軍需工場に動員。
昭和20年
(1945)
(6月19日福岡市空襲を受け大火発生.8月15日終戦)
9月 授業再開〔食糧・衣料乏しく教科書・紙・文房具なく,教育の方針も確立せず〕。10月 生物研究部,ラグビー部復活。
昭和21年
(1946)
ラグビー部第1回国民体育大会に出場,3月 生物研究部「生物の世界」第1号を発行.11月3日修猷館同窓会発足
昭和22年
(1947)
4月 新入生を募集せず,新制高校への移行準備.
6月 修猷新聞創刊.10月 修猷文化展開催〔第1回文化祭〕.

高等学校
年 号 沿  革  摘  要
昭和23年
(1948)
1月 通信制課程設置。3月 中学修猷館最後の卒業式を挙行。4月 福岡県立高等学校修猷館と改称。5月 初の生徒会総務選挙。10月 ラグビー部,第3回国体〔平和台〕に九州代表として出場,第2位。バレー部も出場.
昭和24年
(1949)
4月 第1学年に女子生徒入学。(男女共学,学区制実施される),5月 雑誌「修猷」復刊。6月後藤格次〔明39卒〕学士院恩賜賞を受く。8月福岡県立修献館高等学校と改称〔一切の伝統的なものを嫌う米軍政下にこの校名を維持したそのかげには,同窓生の並々ならぬ苦労があった〕。10月 無線部テレビ受像器の研究により文部大臣賞を受く。11月 ラグビー部第4回国体〔東京〕に九州代表として出場し優勝す.
昭和25年
(1950)
9月 生徒会執行部・文化部・事業部の組織完備.
昭和26年
(1951)
4月 全学年男女共学となる。 8月 陸上部井手基介 全国大会ハンマー投優勝。) 10月柔道部復活。ラグビー部第6回国体で準優勝,全国大会第3位。
昭和27
(1952)
8月 陸上部三原冬生 全国大会女子走幅跳優勝。
昭和28
(1953)
3月 卒業生1万人を超える。 8月バスケット部インターハイ出場 9月 剣道部復活。
昭和29
(1954)
4月 弓道部復活。 10月 第1回修猷一佐高戦,42年まで続く。
昭和30
(1955)
5月30日 創立70周年記念式。修猷館七十年史発行。七十年記念図書館起工式。11月27日 記念図書館開館式。
昭和32
(1957)
5月 吉岡篤則〔昭30卒〕ハンマー投日本記録,57.73m。10月 ラグビー部第12回国体で第2位。11月 弓道場竣工〔寄贈による〕道場開き。
昭和33
(1958)
5月 硬式庭球部毎日学生選手権大会で優勝。9月 第6回昆虫展で高等学校賞・最優秀賞。11月 九州高校書道展で文部大臣賞を受ける。
昭和34
(1959)
8月バスケット部インターハイ出場 11月 講堂新築落成式。
昭和35
(1960)
5月 アマ無線局JA6YAF開局。10月 ヨット部第15回国体で優勝。11月 田中耕太郎〔明41卒〕文化勲章を授与される。
昭和36
(1961)
1月 第1回修猷美術展丸善で開催。3月 柔剣道場落成。5月 尼川大録教諭「日本産つぼみごけの研究」で理学博士を授与される。9月 ヨット部国体で優勝。11月 同窓会「大元会」より「百道清風」の大衝立一基贈らる。
昭和37
(1962)
1月 「修猷館物語」発行。7月 1年生久住登山開始。11月 生物研究部日本学生科学最優秀賞・読売新聞社賞。
昭和38
(1963)
2月 安川第五郎同窓会長〔明39卒〕東京オリンピック組織委員長に就任。7月 中村琢二〔大4卒〕芸術院賞を受く。
昭和40
(1965
1月 百八十年記念ホール落成式。30日 安川第五郎祝賀会。五輪旗を寄贈される。3月11日 昭和19年卒業生,二本木を寄贈,運動場西南隅に復活(樹名:クスドイゲ:側膜胎座目,イイギリ亜目,クスドイゲ科〕.4月 修猷学館落成。8月 剣道部全国高等学校総合体育大会3位
昭和41
(1966)
2月 全校マラソン大会〔百八十年記念行事の一つとして生徒会で立案・実施〕。7月11日 菁莪堂移転改築完工。プール竣工。8月 ヨット部スナイプ級で全国優勝。
昭和42
(1967)
9月 無線部アフリカとの交信に成功し,六大陸交信成る.
昭和43
(1968)
8月バスケット部インターハイ出場
昭和44
(1969)
3月 家庭科・社会科・地学特別教室落成式。同年卒業生東門鉄扉・金銀木犀を寄贈.11月 修猷館同窓会館竣工。
昭和45
(1970)
2月 1・2年生,第1回十里踏破遠足。3月 弓道場落成。新2年生,万国博見学。
8月バスケット部インターハイ出場
昭和46
(1971)
4月 新体育館竣工〔第二体育館〕。8月バスケット部インターハイ出場
昭和47
(1972)
5月 運動場南側の土地1,117.54u学校に返り,校地面積59,713uとなる。 8月 ヨット部全国高校総合体育大会でFJ級優勝。
昭和48
(1973)
10月 図書館新装開館。
昭和50
(1975)
2月 昭和19年卒業生寄贈の時計塔完成。 5月 修猷館百九十年記念祭。修猷館資料目録「百道清風」刊行。ラグビー部五十年記念石碑「闘魂」除幕式も行われる。
昭和51
(1976)
3月 江浦重成同窓会長寄贈の修猷資料館落成式。 10月 第1回文化講演会「東洋文明の性質」講師吉川幸次郎。
昭和52
(1977)
1月 物理部日本学生科学賞個人優秀賞。 11月 文化講演会「未知への挑戦」講師西堀栄三郎。
昭和53
(1978)
1月 ラグビー部全国大会出場。10月文化講演会「世界に於ける日本の立場と役割」講師林健太郎。
昭和54
(1979)
6月 在校生・教職員・同窓会の醵金により学校正面の六光星修復〔同年3月落下〕。 8月バスケット部インターハイ出場 10月 文化講演会「人と動物」講師古賀忠道。
昭和55
(1980)
4月 安永良徳作「母子像」〔修猷協会鋳造・台座昭和25年卒業生寄贈〕
6月 陸上部全国高校選手権北部九州大会でハンマー投優勝。 8月吹奏楽部西部吹奏楽コンクール出場 1月 文化講演会「シルク・ロード考古紀行」講師岡崎敬。
昭和56
(1981)
2月 剣道部新人戦県大会優勝。 4月 体育館ピロティーに新部室完成。 5月 弓道部女子県大会優勝。 8月 陸上部,バスケット部,ヨット部,水泳部全国高等学校総合体育大会出場。水泳部国代龍一100m自由形3位。 11月 文化講演会「世界・日本・そしてあなたへ」講師平山郁夫。
昭和57
(1982)
1月 修猷館200年記念事業委員会発足。 6月 ヨット部九州大会でFJ級優勝。
8月 ヨット部・水泳部インターハイ出場,水泳部国代龍一100m自由形で大会新記録〔54秒15〕優勝。 10月 文化講演会「科学と人間」講師佐藤文隆。
昭和58
(1983)
1月 青少年読書感想文全国コンクールで佐藤和哉「マザーグースの唄」特選入賞。生物部三枝裕志「タテハチョウ科四種の光周反応に関する研究」で全日本学生科学賞入選。
5月 弓道部インターハイ県予選女子団体優勝。 7月 水泳部九州大会200m平泳優勝。 8月 陸上部・バスケット部・ヨット部・水泳部,全国高等学校総合体育大会出場。 11月 文化講演会「万葉の心一椎の葉にもる−」講師犬養孝。
昭和59
(1984)
3月 校内給配水管大改修。バスケット部,全国高校選抜優勝大会出場,ベスト8進出。
4月 寺田竹雄〔大15卒〕芸術院賞受賞。 5月 創立記念講演「アメリカという国」田中英夫〔昭和19卒〕。 7月 バスケット部・陸上部,全国高等学校総合体育大会出場。 9月 ヨット部,国民体育大会出場。 10月 文化講演会「登山と私なりの健康法」脇坂順一。
昭和60年
(1985)
1月 青少年読書感想文全国コンクールで中尾嘉宏,全国学校図書館協議会長賞受賞。2月 カンタータ修猷讃歌贈呈式〔作詞山本哲也,作曲肥後一郎〕。3月 修猷館200年讃歌,新応援歌発表会。物理部,第28回全国学芸科学コンクールで「ぺルセウス流星群の観測」金賞受賞。バスケット部,全国高校選抜優勝大会出場。
4月 菁莪記念館落成式。5月29日 修猷館200年記念碑除幕式,物故者慰霊祭。5月30日 修猷館200年記念式典挙行,「修猷館二百年史」発刊,記念音楽会(於福岡サン・パレス,九州交響楽団による「カンタータ修猷」発表)修猷館200年記念展開催(於西新岩田屋)記念大同窓会(於福岡国際センター2,200名出席)。8月 陸上競技部,女子砲丸投,全国高等学校総合体育大会出場。12月文化講演会「21世紀を担う君たち」暉峻康隆。演劇部,九州高等学校演劇大会優秀賞受賞。
昭和61年
(1987)
1月 吹奏楽部,アンサンブルコンテスト九州大会銅賞受賞。2月 タイムカプセル収納式(於菁莪堂,50年後に開函予定,200年記念事業をすべて終了)。
5月 演劇部九州大会出場「ドラムー発!マッドマウス」3位。創立記念講演「国際化について考える」三井信雄〔昭25年卒〕.12月 文化講演会「第三次産業革命の進行の中で」岸田純之助。藤沢裕美,全国高校生音楽賞受賞。

昭和62年
(1987)
5月 創立記念講演「これからの経済と日本」久水宏之.〔昭23年卒〕 11月 文化講演会「青春をどう生きるか」五木寛之。
昭和63年
(1988)
5月 創立記念講演「国際時代をどう生きる」藤吉敏生〔昭26年卒〕。7月 弓道部工藤容子全国高等学校総合体育大会出場。8月 第12回全国高等学校総合文化祭(熊本)に福岡県代表として,美術部 畑浩史,書道部 松尾忍 出品。11月 文化講演会「鴻臚館と遣唐使」平野邦雄(東京女子大教授).
平成元年
(1989)
5月 創立記念講演「西域8年の潜行-秘境で考えた事-」西川一三〔昭11年卒〕 8月 ヨット部インターハイ出場。第13回全国高等学校総合文化祭(岡山)に福岡県代表として,美術部 片板豊樹 出品。 11月 文化講演会「いま地球が危ない」伊藤和明(NHK解説委員)。
平成2年
(1990)
5月 創立記念講演「経済人としての私の人生観・社会観」岡誠(KENWOOD社長)〔昭22年卒〕。 11月 第15回全国高等学校総合文化祭(香川)福岡県代表として,美術部 仲西寿朗推薦。胡弓演奏会,趙国良(人民芸術家)。
平成3年
(1991)
5月 創立記念講演「国際人としての生き方・考え方」渡辺俊介(日本経済新聞)〔昭38年卒〕。 8月 ヨット部第31回全国高等学校総合体育大会ヨット競技会(静岡)において男子FJ級第4位(石橋顕・岩田秀昭組)。 9月 ヨット部第46回石川国体で少年男子FJ級優勝(石橋顕・岩田秀昭組)。 文化講演会「国際化における高校・大学教育」ハロラン芙美子(評論家)。 11月 第16回全国高等学校総合文化祭(沖縄)福岡県代表として,美術部宮脇将志推薦。
平成4年
(1992)
4月 オーストラリア・バララット高校職員・生徒61名訪問。 5月 創立記念講演「火山灰からできた土」九大総長和田光史〔昭20年卒〕。 7月 3年生森山翔文,国際数学オリンピック(於モスクワ)で銅賞獲得。 10月 ノーベル賞受賞者キャンパス・フォーラム,平和賞チャゾフ(ロ)・文学賞ゴーデイマ(南ア)・経済学賞レオンチェフ(米)・ノーベル財団特別顧問ラメルの四氏と生徒代表四名が「地球の未来に若者は何ができるか」について討論。11月 文化講演会「私と柔道」古賀稔彦(日本体育大学助手)。 第17回全国高等学校総合文化祭(埼玉)福岡県代表として,美術部八坂信久,書道部結城貴子推薦。
平成5年
(1993)
5月 創立記念講演「日本の宇宙開発」日根野穣(三菱重工)〔昭28年卒〕。 8月 ヨット部・陸上部インターハイ出場。
11月 文化講演会「中国文学と日本」興膳宏(京都大学教授)。
平成6年
(1994)
2月 高校入試に推薦制度導入。 5月 創立記念講演「ティンパニーの歴史と作曲家たち」九州交響楽団 永野哲〔昭42年卒〕 8月 ヨット部・陸上部インターハイ出場,第18回全国高等学校総合文化祭(愛媛)福岡県代表としてコーラス部出場。 10月 文化講演会「漱石とその時代」江藤淳(評論家・慶応義塾大学教授)。
平成7年
(1995)
5月 創立210周年記念式典,記念講演「人間的魅力について」一故広田首相のことなど−城山三郎(作家)。 8月 ヨット部・陸上部インターハイ出場。 第1回海外研修旅行(ニューヨーク・ワシントンD.C.)。第1回「つくば・東京研修旅行」(第2学年)。 10月 文化講演会「戦後50年の世界と日本」箱島信一(朝日新聞取締役)〔昭31年卒〕。 11月 中学生の体験入学。 ラグビー部創部70周年,野球部・陸上部・剣道部・柔道部創部100周年記念式典.フィギュアスケート世界ジュニア選手権出場(山本)。陸上全日本ジュニア選手権4位入賞(岩本),ラグビー全日本ジュニア代表としてイングランド遠征(阿久根).
平成8年
(1996)
5月 創立記念講演「大航空時代の幕あけ」−21世紀を担う若者たちへ-塩田年生(日本航空取締役)〔昭31年卒〕。 7月 第2回海外研修(ニューヨーク・ワシントンD.C.)。 8月 第2回「つくば・東京研修旅行」(第2学年)。 ヨット部・陸上部インターハイ出場。 10月 文化講演会「科学と技術」西澤潤一(東北大学総長)。 11月 中学生の体験入学, 第21回全国高等学校総合文化祭(奈良)に福岡県代表として,美術部田中龍介推薦。
平成9年
(1997)
5月創立記念講演会「21世紀の生命科学」勝木元也(東京大学教授)〔昭37年卒〕。 7月 第3回海外研修(ニューヨーク・ワシントンD.C.)。 8月 第3回「つくば・東京研修旅行」(第2学年)。ヨット部・陸上部インターハイ出場。 10月 文化講演会「人材の国際競争力とは何か」船橋洋一(朝日新聞社前アメリカ総局長)。 11月 中学生の体験入学。 3月 弓道部第16回全国高等学校弓道選抜大会出場。
平成10年
(1998)
5月 創立記念講演会「グローバリゼーションと日本」中川勝弘(通商産業審議官)〔昭35年卒〕。 8月 旧校舎解体式。 第4回「つくば・東京研修旅行」(第2学年)。 弓道部・ヨット部・陸上部インターハイ出場, 陸上インターハイ女子200m5位、国体リレー7位入賞(萩原)。 第4回海外研修旅行(ニューヨーク・ワシントンD.C.)。 第22回全国高等学校総合文化祭(鳥取)に福岡県代表として,新聞部,書道部石橋知也,器楽・管弦楽部門大園高弘・兼岡健一・堤麻衣子出場。 10月 文化講演会「日本語の魅力」金田一春彦(文学博士)。 中学生の体験入学。
平成11年
(1999)
3月 校舎改築安全祈願祭。  5月 創立記念講演「21世紀の世界に羽ばたく後輩達へ」水月文明(米国修猷館同窓会長)〔昭29年卒〕。 8月 第5回「つくば・東京研修旅行」(第2学年)。 ヨット部・陸上部インターハイ出場, 第23回全国高等学校総合文化祭(山形)に福岡県代表として,新聞部,コーラス部,書道部古市佐絵子出場。ディベート同好会全国大会ベスト16。 10月 修猷フェア。 11月 文化講演会「人生と出会い」広中平祐山口大学学長(理学博士)。
平成12年
(2000)
3月 弓道選手権大会 男子団体全国三位
5月 創立記念講演「私の21世紀ビジョン 在校生に期待するもの」西村幸夫氏(東京大学教授)〔昭46年卒〕。 8月 第5回海外研修旅行(ニューヨーク・ワシントンD.C.)。弓道部・ヨット部・陸上部インターハイ出場,弓道インターハイ男子団体準優勝(国広,井上隆,塩田,井上篤,永渕,谷口)。 第24回全国高等学校総合文化祭(静岡)に福岡県代表として,新聞部,コーラス部,書道部酒井弘一郎出場,デイベート同好会全国大会ベスト16。第6回「つくば・東京研修旅行」(第2学年)。国体少年女子の部女子FJ級ソロ新井由香優勝。 全日本ジュニア陸上男子3000m障害6位(坂口)。
10月 修猷フェスト。 12月 文化講演会「国際社会における日本の役割〜二十一世紀を担う若い人に期待すること〜」小和田恒氏(前国連大使)。
平成13年
(2001)
5月 創立記念講演「ヒト、人類、そして私たち−過去、現在、未来にゲノムが教えるもの−」木村彰方(あきのり)氏 (東京医科歯科大学教授)〔昭47年卒〕。 8月 第7回「つくば・東京研修旅行」(第2学年)。弓道部・ヨット部・陸上部・水泳部インターハイ出場, 第25回全国高等学校総合文化祭(福岡)に福岡県代表として,新聞部,コーラス部,書道部富永沙也香出場,デイベート部全国大会優勝(池田、西村、井上、亀田、財津、稲毛)。第6回海外研修旅行(ニューヨーク・ワシントンD.C.)。国体水泳少年女子の部山本千恵美200m個人メドレー2位、400m自由形3位。 10月 修猷フェスト。 11月 文化講演会「冒険と探検〜未来への挑戦」河合雅雄京都大学名誉教授(兵庫県立「人と自然の博物館」館長)
12月 三角公志君「U19アジアラグビー大会」日本代表、「第45回全国学芸科学コンクール」平松彩子 金賞(江崎玲於奈賞)
平成14年 (2002) 4月 文科省よりスーパーサイエンスハイスクールの指定を受ける。
5月 創立記念講演「時代の変化とこれからの社会―霞ヶ関から見たパラダイムシフト」谷口博文氏(財務省信用機構課長)〔昭48年卒〕。
8月 弓道部・ヨット部・陸上部・水泳部インターハイ出場第24回全国高等学校総合文化祭に福岡県代表として,新聞部,放送同好会,書道部出場。ディベート部全国大会三位入賞。第8回「つくば・東京研修旅行」(第2学年)。国体少年女子の部(水泳)山本千恵美「200m個人メドレー」「200m平泳ぎ」2種目優勝。
10月 修猷フェスト,土曜日自己開発講座第一回出前授業の実施
11月 文化講演会「物質の構造はどこまで分かったか」有馬朗人氏(元東大総長・文部大臣,参議院議員)
3月 土曜日自己開発講座第二回出前投業の実施 
平成15年 (2003) 5月 創立記念講演「人間とコンピュータが共生する社会」
谷口倫一郎氏(九州大学大学 院情報科学研究院教授)[昭和49年卒]
7月 第7回海外研修旅行(イタリア、スイス、オランダ)
8月 ヨット部・陸上部・水泳部インターハイ出場し、陸上部中野陽平男子八種競技に おいて優勝。
第24回全国高等学校総合文化祭に福岡県代表として文芸部、新聞部、放 送同好会、書道部出場。第9回「つくば・東京研修旅行」(第2学年)
10月 修猷フェスト、土曜日自己開発講座第一回出前授業の実施
11月 文化講演会「歴史を深く吸い込み、未来を思う」寺島実郎氏(三井物産戦略研究所長) 3月 土曜日自己開発講座第二回出前授業の実施
平成16年 (2004) 5月 創立記念講演「人間型ロボットと人間研究」
高西淳夫氏(早稲田大学教授)[昭和50年卒]
7月 第8回海外研修旅行(ニューヨーク・ワシントンD.C)
8月 ヨット部・陸上部・水泳部インターハイ出場、陸上部 岩瀧佑貴 男子400mハードル2位.
第28回全国高等学校総合文化祭に福岡県代表として文芸部、新聞部、放送部、書道部、
コーラス部、写真部が出場し新聞部が優良賞を受賞.第10回「つくば・東京研修旅行」(第2学年)」
11月 スーパーサイエンスハイスクール研究発表大会
文化講演会「二十一世紀を担う君たちへ」藤原正彦氏(お茶の水女子大学理学部教授)
12月 漢城科学高校(韓国)との交流会(二年理系クラスおよびSSC)
平成17年 (2005) 5月 創立220周年記念講演「日露戦争と現代日本」
中曽根康弘氏(元内閣総理大臣)
7月 第9回海外研修旅行(ニューヨーク・ワシントンD.C)
8月 ヨット部・陸上部・水泳部インターハイ出場、陸上部 津留加奈 女子400mハードル2位.
第29回全国高等学校総合文化祭に福岡県代表として文芸部、新聞部が出場し、新聞部が優良賞を受賞.ディベート部全国大会出場.
第11回「つくば・東京研修旅行」(第2学年)」
10月 修猷フェスト
文化講演会「メリ・ハリ・ツッコミ講談人生」神田紅氏(講談士)[昭和46年卒]
平成18年 (2006) 5月 創立記念講演「詩の芸術性について−杜甫詩を中心に−」
牧角悦子氏(二松学舎大学教授)[昭和52年卒]

7月 第10回海外研修旅行(ニューヨーク・ワシントンD.C)
8月 ヨット部・陸上部・水泳部・空手インターハイ出場
第30回全国高等学校総合文化祭に福岡県代表として文芸部・新聞部・美術部・書道部・放送部が出場し.化学部・ディベート部全国大会出場.
第12回「つくば・東京研修旅行」(第2学年)」

10月 陸上 冨山和子、辻久美子、廣瀬健一 国体に出場、冨山400m障害2位
修猷フェスト
文化講演会「『生きている』をみつめ『生きる』を考える」中村桂子氏(JT生命誌研究館館長)
平成19年 (2007) 3月 第1回東京研修旅行(1年生)
5月 創立記念講演「ゲノム解読から始まる新しい生命科学」
伊藤隆司氏(東京大学大学院教授)[昭和53年卒]

7月 第11回海外研修旅行(ニューヨーク・ワシントンD.C)
8月 ヨット部・陸上部・空手インターハイ出場
第31回全国高等学校総合文化祭に福岡県代表として新聞部・書道部が出場、囲碁部門松井宏平(福岡県代表主将)団体優勝.ディベート部全国大会出場.吹奏楽部九州大会銀賞.野球部秋季市長杯優勝

10月 陸上 大久保和哉、廣瀬健一、薄川隆太郎 国体に出場
修猷フェスト
文化講演会「志高く生きる」(志ネットワーク代表 上甲晃氏)

12月 講堂完成
平成20年 (2008) 1月 北海道研修旅行(2年生)
3月 新正門完成
    第62回修猷大文化祭

     第2回東京研修旅行(1年生)
4月 ラグビー部全国選抜大会出場 
5月 創立記念行事&講堂竣工祈念公演『筑前藩校絵巻〜猷を修める者〜』
   創立記念講演「古今の偉人をお手本に〜共感と使命」山口秀範氏[S42年卒]((株)寺子屋モデル代表世話役社長)
   第1回春のフェスト 
7月 第12回海外派遣(ニューヨーク・ワシントンD.C.)
   ステップアップ研修(1年)
8月 陸上部・山岳部・弓道部インターハイ出場
第32回全国高等学校総合文化祭に福岡県代表として新聞部・書道部・コーラス部・囲碁が出場、ディベート部全国大会出場.吹奏楽部九州大会銀賞.
10月 陸上 川崎亜弥 国体出場
文化講演会「熟達:人がプロフェッショナルになるために必要なこと」野島久雄氏(成城大学教授)
 
修猷フェスト
12月 十里踏破遠足
平成21年 (2009) 1月 北海道研修旅行(2年生)
3月 第63回修猷大文化祭
5月 創立記念講演「何して「楽しんで」生きていくか」境有紀氏(筑波大学大学院准教授)[昭和55年卒]
7月 野球部県大会ベスト4
   東京研修(2年)   ステップアップ研修(1年)
8月 陸上部インターハイ出場
   第33回全国高等学校総合文化祭に福岡県代表として新聞部が出場、
   ディベート部全国大会出場 吹奏楽部九州大会金賞
10月 陸上 川崎亜弥 、弓道 小野まなみ、ラグビー 大石陽介 国体(新潟)出場
    屋久島研修(2年)
11月 文化講演会「これからの国際社会で求められる人材」 北城恪太郎氏(日本アイ・ビー・エム株式会社 代表取締役会長)
12月 十里踏破遠足 
平成22年 (2010) 3月 第64回修猷大文化祭
5月 屋久島自然研修旅行[第2学年]
    創立記念講演「メディア革命最前線〜地方紙からも世界が見える〜」川崎隆生氏(西日本新聞社代表取締役社長)[昭和44年卒]

7月 第13回海外派遣(ニューヨーク・ワシントンD.C.)
   東京研修(2年)   ステップアップ研修(1年)
8月 ヨット部男子インターハイ出場、女子インターハイ4位、山岳部女子インターハイ出場、第34回全国高等学校総合文化祭に福岡県代表として新聞部が出場(優秀賞を受賞)、ディベート部全国大会出場
9月 ヨット部女子国体(千葉)4位
10月 文化講演会「小さな生命(いのち)を見つめて〜虫の目から見た世界〜」栗林慧氏(生物生態写真家)
11月 修猷フェスト
12月 十里踏破遠足 
平成23年 (2011) 1月 柔道部女子全国高等学校柔道選手権大会出場
3月 第65回文化祭
5月
 創立記念講演「地球時代の日本外交」宮本雄二氏(外務省顧問、前中国大使)[昭和40年卒]
7月 第14回海外派遣(ニューヨーク・ワシントンD.C.)
8月 東京研修(2年)   ステップアップ研修(1年)

   陸上部・山岳部インターハイ出場
   第35回全国高等学校総合文化祭に福岡県代表として新聞部が出場、
   ディベート部全国大会出場

10 ラグビー 永富健太郎 国体(山口)出場
   文化講演会「ふるさと福岡県に帰って」小川 洋氏(福岡県知事)[昭和43年卒] 
11月 修猷フェスト
12月 十里踏破遠足
平成24年 (2012)

1月 東北研修旅行(2年生)
3月 第66回文化祭

5月 創立記念講演「ロボットで築く未来」津田純嗣氏(安川電機取締役社長・昭和44年卒)
      卒業生キャリアセミナー(昭和58年卒当番幹事)
7月 第15回海外研修旅行(ニューヨーク・ワシントンD.C.)
8月 ステップアップ研修(第一学年) 東京研修(第2学年) 
    放送部 NHK杯全国放送コンテスト出場
    山岳部、陸上部インターハイ出場

      第36回全国総合文化祭に新聞部、化学部、放送部、吟詠剣仕舞が出場し、新聞部が年案紙面審査において優良賞を受賞。ディベート部が全国高等学校ディベート選手権出場。
9月 第64回大運動会
10月 文化講演会「生命を捉えなおす」福岡伸一(青山学院大学教授)
11月 修猷フェスト
12月 東大講演会(1、2年希望者)
     十里踏破遠足 ESS部が全国高等学校英語ディベート大会で5位入賞

平成25年 (2013) 1月 東北研修旅行(第2学年)
    全国高文連将棋新人大会出場
2月 ラグビー部九州大会出場 吹奏楽部 第38回九州アンサンブルコンテスト 九州大会 クラリネット八重奏 銅賞受賞
3月 第67回大文化祭
吹奏楽部 九州高文連第12回吹奏楽大会 九州高等学校文化連盟会長賞受賞
5月 創立記念講演「未来を創る君たちへ」長谷川閑史氏(武田薬品工業社長・昭和42年卒)
卒業生キャリアセミナー(昭和59年卒当番幹事)
7月 第16回海外研修旅行(ニューヨーク・ワシントンD.C.)