東北研修旅行報告Ⅱ

 研修旅行を終えて早くも10日経とうとしています。研修旅行がマスコミ等で好意的に取り上げられる中で、ここに至るまでの七ヶ月間を思い出します。

 早い段階で多くの方から激励の手紙や、メールをいただいていました。ただ、当時の状況として、それを外向けにメッセージとして公開することができませんでした。
 いま、研修旅行を終えた今だったら冷静に受けとめていただけるのではないかと思い、手元にある新聞記事とともに紹介させていただきます。(批判的な厳しい手紙もありましたが、割愛させていただきます。)
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 二日目の夜のパネリストの一人でもあった光岡さん(S60年卒 日本原子力研究開発機構所属)が、本校の研修旅行に三日間とも同行していただきました。10月の下見段階から、この研修旅行に関わっていただき、原発事故の放射線被曝を心配する声も多かっただけに、専門家の帯同は、心強くもありました。また、光岡さんからたくさんの写真も提供していただきました。感謝を申し上げます。

 関連写真等【東北研修旅行報告Ⅰ】 【東北研修旅行Ⅲ】 【東北研修旅行報告Ⅳ】 【東北研修旅行報告Ⅴ
         【東北研修旅行報告Ⅵ】 【東北研修旅行報告Ⅶ
 研修旅行支援を目的に発足した【東北修猷会

石巻 門脇小学校 JR東日本 石巻駅訪問
駅長の横に見える赤いラインが今回の津波の高さという。
名取市 閖上 日和山
 高さ6.3m 復興のシンボルとなっている。
空に、雲が無く、地には家もない。
仙台一高との交流会
 「神」の御入場
 仙台一高から元気をいただきました。
午前中の被災地訪問で、心に大きな重しを抱え込んだような気分でしたが、同じ年代の若者同士の交流に、逞しさと、頼もしさを感じました。
「神」といわれる団長を、公開することに、ためらいがないわけではなかったのですが、神のおつきの者から「OK」の返事をいただきましたので・・・。袴姿に限らず、学ラン姿にもオーラが漂っていました。 「弊衣破帽」とはこのことをいうのでしょう。なかなかユニークな副団長でした。
東北修猷会の旗の初披露です。お世話になりました。 この輪の広がりに期待します。
有り難うございました。
蔵王ロイヤルホテル ホテル関係者から色々なお気遣いをいただきました。
ありがとうございました。
東北研修旅行

① 6/13保護者よりの手紙
 6月11日の説明会に参加いたしました2年生の保護者です。
 まず館長先生、そして先生方の丁寧なご説明、誠にありがとうございました。真摯に説明してくださりとても感じるものがありました。

 平成7年1月、修猷館教諭1年目の冬に起きた阪神淡路大震災、震災を語ることなく「修学旅行に行けてよかった」と終えたことが、未だに胸の中に痛みとして残っている。今、これからの修猷を問う場面を迎えている。この震災でおきたこの年に、行って、見て、感じる、そのチャンスを作りたい。参加不参加は共に尊重される。いつか子どもが自分で扉を開ける時が来る。
 すでに子どもたちは考え始めている。3泊4日が目的なのではなくて、これからの7ヶ月間、何を見て、何を感じ、何を考え、どう行動するかが大切。この二年生にかける思いは間違っていないと思っている。10年後、20年後に日本を背負うこの子たちに未来を託したい。
・・・私には館長先生のお気持ちがこのように伝わりました。

 ここに至るまでも、厳しい判断をなされたのだろうということも強く伺えました。そして館長先生が2年生の先生方を思い遣ってのお気持ちも感じました。

 私は説明会後半の質疑応答が始まったとたん、胸が苦しくて辛くなりました。テレビでも討論番組は苦手です。でも入学してからの娘を通じて感じる修猷は「自分の意見を言う」だけでなく「人の意見を聞く、しかも最後まで」と思いましたので、これは私もしっかり耳を傾けなければいけない、と自分を励ましながら聞きました。
 でも、前に立った教頭先生は落ち着いてすべての質問や意見に冷静にお答えになりました。これまでに館長先生や先生方ご自身が討議を重ね、意見を受け、何度も何度も考え悩んでこられたからこそのお答えに感じました。
 館長先生、教頭先生、渡邊(学年主任)先生が宮城に実際行かれたとのこと。やはり、実際に足を運ばれた方の考えは「強く」「正しい」と思います。「行って見て感じてほしい」、「悲惨さだけでなく復興に向けての力強さを感じてほしい」、「忌避されているむなしさを持つ現地の思いを知ってほしい」、ともおっしゃいました。すべて子どもたちにかける思いからだと伝わります。それはもちろん安全を最大限に考えての前提だということも伝わります。
 「これは決定です」とおっしゃれるだけの強さが、現地を訪れた先生にはおありだと思いました。

 説明会の時は、先生方のお話に拍手をしたい気持ちでしたが、私はそれができませんでした。とても申し訳なく思います。
 私は館長先生に私が感じたことをお伝えしたくてこのお手紙を書かずにはおれませんでした。夫も私も、そして友人たちの考えに耳を傾ける娘も、この研修旅行があることをありがたいと思い、先生方にしっかりと見守られて子どもたちの手でぜひとも充実したものにしてほしいと願ってやみません。私ごときが、と思う気持ちもあるのですが、なにかお役に立てることがあればぜひお手伝いさせていただきたいとも思っております。
 説明会資料の余白に、館長先生や先生方の言葉をたくさん書きとめました。数年後この子たちの中から、この研修を契機に日本をリードする人物が生まれるかもしれない、などと秘かに思ったりしています。

 館長先生並びに先生方のご健勝、ご活躍と、子どもたちの成長を心より願っています。

② 6月20日 朝日新聞「被災地への修学旅行 ○か×か?」

③ 7月4日 卒業生(H8年卒)からの手紙
修猷館高校の皆さんへ

 1995年(H7年1月)のスキー修学旅行・・
 東京の大学を卒業し、福岡で報道機関に就職、縁あって再び東京では教育に携わる仕事をしています。先日、奇遇にも「震災後のスキー研修旅行をどうするか」という母校の記事を見つけ、あの時の私たちを思い出しました。そして、大人になった今、感じたことがあり、今回母校に手紙を送ることにしました。
 未曾有の震災後、同じ立場にある後輩たちが、スキー研修をどうするかという同じ状況にある今、ひとりひとりが今一度、自分の頭で考えて、保護者のみなさんや先生と、そして仲間と話をして、「東北でのスキー研修旅行」を生涯忘れ得ぬ、そして意味のあるものにしていただけたら、と思います。

 高校2年生だった、95年1月。あとひと月もすれば、修学旅行だ、と3学期のスタートは友人たちと毎日その話題でもちきりでした。そこに起こった1月17日の阪神淡路大震災。神戸の街が火の海になる映像。ニュースを見ながら「かわいそう」「ひどい」そんな感情を抱いてはいたものの、高校2年生だった私には、まだ「福岡でなくてよかった」以上の思いが浮かぶことはありませんでした。
 震災後数日が経ち、被害状況が明らかになるにつれ、福岡にいる私たちも日本の交通網が寸断されていることを知ります。そしてこの事実で、ようやく自分とこの震災がシンクロすることになるのです。クラス担任から無情にもホームルームで告げられた言葉に、私たちは躍起になりました。「新幹線の線路が寸断されていて、修学旅行にはいけないかもしれない。名古屋まで新幹線に乗ることができないからだ。判断は来週になるが、修学旅行は中止になることもある。」

 「一生に一度の高校の修学旅行がなくなるとかありえん。」「どうにかして行かせて。」文句だけはご立派に、先生に詰め寄ったことを鮮明に覚えています。結局、先生方、旅行会社の方の尽力もあり、修猷としては初めて飛行機を使っての修学旅行が実現しました。ただし急きょの変更のため、11クラスあった2年生を3つの飛行機に振り分け、羽田空港に飛び、そこからバス11台に分乗。全員で新幹線にのり、車両をいったりきたりなどという目論見はかなわなくなりました。中央道を8時間ほどかけて北上し、志賀高原に到着したときには真っ暗。初日は夕飯をたべて、スキー靴の履き方を習っておしまいとなりました。それでも中央道の道すがら休憩したサービスエリアで日本アルプスなる山々を自分の目で見た感動は忘れることができない景色の一つです。これは当初の予定では見ることができなかった景色でした。
滞在中は、震災のことなど頭にもかすらず、朝から晩までスキーをしました。とにかく「楽しかった」「修学旅行にいけてよかった」その気持ちだけが私の修学旅行の思い出となりました。

 東京の大学に進学後、あっという間に私の交友関係は広がります。これまで行ったこともないような県、地域の人と出会う毎日。その中に友人に兵庫県の芦屋市出身の子がいました。彼女の実家に泊まらせてもらった時、「ここがほら、ちぎれた阪神道やで。ニュースでバスが宙づりになってたやんか。」「ここの道をな、お父さんとお姉ちゃんとみんなで走って逃げてん。お姉ちゃんは朝まで受験勉強中やったから、参考書だけもって逃げたんよ。そしたら、前から車が走ってきて『この辺に大きな病院ありませんか?』って車の窓あけて聞くんよ。そのお父さん、運転してるのに血だらけやったん。でも、横見たら、奥さんがもっと血だらけでタオルをぐるぐる顔に巻いとってん。うち、お父さんが車にのって病院まで案内したわ。」
わざわざ震災の現場を案内してもらったわけではなく、彼女の日常の生活空間が震災で戦場化していた事実を聞いて驚愕し、そして、その時の自分に「楽しかった修学旅行。」だけしか記憶がないことに、とても自分自身を悲しく思いました。あの時、線路が寸断された映像をちゃんと見て、神戸の方々がどのような状況で復興に向かおうとしていたのか、せめてそれをちゃんと理解してから「修学旅行に行ける喜び」を感じるべきだった、と20歳を過ぎて、友人によって教えられました。

 社会人になり、東北や甲信越にも出張することが増え、各地に友人が増えました。今回の東日本大震災では、その友人らの安否を気遣い、そして、日本地図を引っ張り出しては、友人の住所をその地図で追いました。福岡に住む私にはまだまだ知らない地名が多くあります。でも、その人のことが気になれば、当然ながら地名を地図で探すことをします。そしてその地域の被害状況や、現況を報道から知ろうとします。95年時に比べればメールや、ツィッターなどデジタルデバイスも格段に進化しました。だからこそ、どこにいても情報はリアルタイムに手にすることができます。
無事を知ったとき、相手から届く「東京だって、電車止まったり、買占めで大変なんだから、とにかくお互い元気に頑張ろう」「仙台はもうほとんど元通りになりました。七夕もやるから、またおいしい牛タン食べにきてね。」「忘れないで気にかけてくれている人が遠くにもいることがわかるだけで元気になるよ」という前を向いたメールに私もどれほど救われたことでしょう。

 宮城県蔵王高原でスキー研修をすることになった今年の修猷2年生のみなさん。福岡からは距離がありすぎて、見知らぬ土地すぎて、不安や心配もあるでしょう。福岡と東京とでは、東北への心理的距離が格段に違うなと両方に住んでみて思います。東京にいると日々、学生たちが「自分たちは何ができるのか?」をそれぞれの目線で考えているような記事を目にします。数年後大学に進学し、東北で被災した仲間に出会った時、あの時の私のように「自分の無知さを、ただ旅行を楽しんだだけの自分を、恥ずかしい」と思うことがないように、事前にも、そして現地でもたくさんのことを吸収し、感じて、自分なりの思いを持って、「一生に一度しかない修学旅行」に参加してほしいと思います。

④ 7月28日 毎日新聞「東北への修学旅行」

⑤ 8月13日 西日本新聞「修学旅行は被災地に」

⑥ 8月30日 文部科学省「東日本への修学旅行の実施について」

⑦ 9月9日 卒業生(S34年卒)からの手紙
 突然手紙を差し上げますが、私共は52年前卒業の同窓生です。この度、西日本新聞紙上で、母校が研修旅行の新しい訪問先として東日本大震災の被災地を決められたことを知りました。先生達は未曾有の出来事に教育者として人間として真剣に向かい考えられた結果、立派な勇気ある決断をされたと思います。多分これは全国でも初めての試みでしょう。その教育効果はとてつもなく大きいと思われます。
 生徒達が未曾有の惨状を直接に見聞することは、今後出くわす多くの困難から逃げずに取り組む気概を養う絶好の機会になるでしょう。“困難に、特に国民共通の困難に立ち向かう”のは、多分修猷館の伝統だから、その伝統が21世紀にも存続しているようなので、卒業生として嬉しくまた誇り高く思えます。
 勿論先生方も、更に父母の方々もこの試みを通して、子供達と一緒に成長されると思います。大きな不幸な出来事でありましたが、それだけで終わらせるにはと、年寄りでも何か役に立つことはないかと思っていたところ、先生遠の英断に小躍りし、せめて我々の応援の表明でもと相成った次第です。我々も喜びと成長のおこぼれを少し頂かせて貰います。
 生徒達が体験したことは、これからの人生の中できっと活かされるだろうと確信できます。更にその中から次の世代を担う人材も育つと期待しています。
 教育関係者の調査によると、予想に反して良い方向大きく変化している、即ち成長している子供達がいることが判明したそうです。勿論置かれた状況に依って異なるでしょう。しかし、子供達が協力し合い、そして大人を助けながら困難を乗り越え、その経験を積み、自分が地域の社会に役にたつ実感が得られることは、今後の学校生活そして社会生活において非常にプラスに働くと思われます。同じことが高校生でも生じていると推察できます。
 研修旅行の詳細は存じませんが、修猷館の生徒達が被災地の高校生と交流する機会が持てれば、筆舌に尽くしがたい悲しみを抱えながらもそれに負けずに頑張っている彼らから大いに学ぶことがあると思います。更にその後も交流関係が継続されるならば、一層得るものがあることでしょう。
 皆様及び生徒達の研修旅行が無事に成功裡に終わることを心よりお祈りしております。

⑧ 研修旅行中の報道等
 蔵王町HP  河北新報社  西日本新聞  産経新聞  西日本スポーツ

⑨ 1月10日 保護者よりの手紙
 この度は東北研修旅行にて我が子に貴重な体験をさせていただき誠にありがとうございました。
 被災地の多くの、さまざまな立場での方々のお話を聞くことができ、一個人、一家庭ではとても経験することのできない得がたい体験でした。
 館長先生をはじめ、計画された二学年の先生方、皆様のお力のおかげです。
 見学初日の石巻市の目をみはる光景、シャッターを切ってはいけないような気持ちになったこと。鉄工会社の経営者の方のお話、従業員の方に無償で貸付をされたこと。GW明けには新しく機械を購入して工場を再開されたこと。閖上地区のこと、むしろ高台の人達の方が避難が遅れて犠牲になられたこと。閖上小学校、グラウンドと車の中と、一階に居た人達は皆亡くなられたこと。高さ6m位の山から見た光景のこと。消防団の方々は仕事を離れられず、ご自分の家族は亡くなられたこと。
 平泉・中尊寺の美しい雪景色のこと、パワフルなガイドボランティアの男性のこと。
 夜明けの美しさ、空気の冷たさ、仙台一高の皆様の温かく活気に満ちた歓迎のこと・・・などなど。娘は、三日間色々な思いで毎日涙が止まらなかったと言いました。
 行ってきた生徒たち一人ひとりの心には、それぞれさまざまな感想があったことと思います。自分たちはどう受けとめるのか、これからどう生かしていくか、自分の非力さ、周りの人と助け合うことの大切さ、また苦難にあった人々の、それに立ち向かう(生の声を聞けた)力強さ、苦しさ、悲しさ、・・・、若い心でそれらをいっぱい感じ取ってこれから志を立てていく『根っこ』になるに違いないと。
 ありがとうございました。まずはお礼まで。

⑩ 1月11日 保護者よりの手紙
 このたびの東北研修旅行、館長先生をはじめ二年の先生方、学校で見守ってくださった先生方には大変お世話になりました。ありがとうございます。心からお礼を申し上げます。

 旅行中の「研修ブログ」を拝見し、2日目の石巻あたりで既に感動している私の気持ちを伝えたくて、「想像以上に充実のようですね。ほんとに行けてよかったね」と娘にメールを送りました。でも、子どもの携帯にメールしても返事は来ないだろうと思いました。現地で見て聞いて感じることが多すぎて、気持ちはすべてそちらに向いてる最中で返事どころではないと思ったからです。
 しかし珍しく返事がきました。その返ってきた返事は「はんぱない!」の一言でした。
 その言葉通り、まさに「はんぱない」研修ばかり続いていたのでしょう。本当に、行かせていただいてよかったと思いました。

「行ってよかった」本人もそう言います。

 帰宅してからも、こちらは話をもっと闘かせて欲しいのに、親との話はそこそこに、さっさと友人だちと次の一歩を踏み出しました。同じ気持ちの友人がたくさんいて、「事前が大変かと思ったけどとんでもない、これからが大事だね」と声を掛け合っているようです。

「行ってよかった」
「『来てくれてありがとう』といわれた」
「行かなければわからなかった」
「行ってわかったことがたくさんあった」
「『伝えてくれ』と言われた」
「伝えなければいけないと思った」
娘や友人たちが口にした言葉です。この気持ちがいろんなことに広がっていくと思います。

 帰ってすぐから皆で一生懸命考えているようです。今だけでなくこれから10年、20年経ってもこの経験がどこかで基になることもあるでしょう。
 耳にいれたくないようなことを言う人も一部いる(ネットなどで)ようですが、子ども自身が「行ったことのない人には分からんからいいと。」と一蹴する姿はたくましくもあり、「(この研修を)悪くいう人は、東北を悪く言ってるのと同じ」と、この研修で知り合った宮城の人の気持ちになって言う言葉は力強く、そしてそこに優しさを感じます。
 「Cコース(被災地訪問)にすればよかったと思った人もいるよ、Cコースの人が言うのをつまらんと言う人もおるかもしれん、でも全体討議でみんなが一緒になって考えてくれたのは本当にうれしかったし、修猷の人はみんなすごいと思った。」さすが、みんな修猷生、これもまた、とても嬉しいことです。
 館長先生のご心労はいかばかりだったかと思いますが、一度お便りをさしあげてから、すっとこの7ヶ月間、心から応援してきました。子どもたちの事前準備には現代っ子ぶりに面食らうこともありながら、着々と進んでいく様子を楽しみにしていました。その向こうに先生方のご尽力があることもいつも感じていました。
 無事にこの4日間の研修を終え、更に次へのスタートも見えてきました。改めて館長先生、そして子どもたちをしっかりと支えてくださった先生方にお礼申し上げし上げたいと思います。

 先生方がまかれた種が子どもたちの中で育って、さまざまな形で世の中のため、人のために物事を考え、行動ができる大人に成長していくことと思います。本当にありがとうございました。

⑪ 1月13日 読売新聞「被災地への修学旅行」

⑫ 1月14日 宮城県在住の方より
 地元の新聞(河北新報、日日新聞)で修猷館の生徒達が研修旅行で来てくれたことを知り、「よくぞ、九州の高校生が来てくれた。」と胸があつくなりました。被災地の一市民として、心から「ありがとう。」の気持ちでいっぱいです。
 この研修旅行を決断して下さった修猷館の先生方にお礼を申し上げます。人として、人間味溢れる教育に敬意を表します。修猷館は文武両道。成績優秀な学校だけではなく素晴らしい人間教育を感じます。
 そして保護者の方々にもお礼を申し上げます。かなりの反対があったことは想像できますが、それでも我が子を研修に参加させて下さったことに、感謝の気持ちでいっぱいです。
 被災地は、テレビ等で放映されているよりもはるかに悲惨な状況です。地元の人たちは「来て、見て、感じてほしい。」と思っています。4月、5月に見世物見物のような感じで来る方々もいましたが、見てもらうことで、見に来た方々の意識が必ず変わります。来る人達がどんな気持ちで来るのか?よりも、来て、現実をみてもらうことが被災地の人達は何より嬉しいのです。本当にありがとうございました。

⑬  1月14日 岩手県 遠野市の方より
 未曾有の災害、目を背けず しっかりと現実を見させて 自分の生き方を考えさせる。
被災地の訪問を、よくぞ決断なさった学校の行動に敬服いたします。
多方面から反対の意見も多くあったことと思いますが、あの未曾有の災害を体験させるべく 実際に現地に行くという修学旅行のカリキュラムを実行した 学校の教育方針を貫いた事に敬服いたします。
 行った生徒たちは、必ず何か大きな物を摑んで生きていくでしょう。

⑭ 1月14日 岡山県の方より
 私は岡山県で弁護士をしている者です。貴校2年生が,修学旅行で予定を変更されて、東日本大震災で被害を受けられた地域に行かれた、という報道を目にしました。とても感激し、私のブログに記事に書かせていただきました。
 今回の修学旅行で素晴らしい経験をされた高校生の方々が、将来の社会を担われる日が来る時をとても楽しみにしています。今後も岡山から応援しておりますので、頑張ってください。

⑮ 1月14日
 貴校が今年の修学旅行先を長野から、宮城震災地訪問へ変更し、幾分の心配や反対はあったものの、多くの収穫を得て、無事終了したとの新聞(ネット)報道を見ました。
 私は部外者ですが、学校の英断に感銘を受けましたので、エールを送らせていただきます。
 以下感想を列記します。
(1)感受性豊かな高校生が被災地を実見することは、人間社会の根源のあり方を考える何よりも良い経験になったであろうこと。
(2)その時期は、復興が進むであろう10年後よりも、今年-数年後こそがベストベターであること。
(3)この震災は今後の日本の社会構造を転換する画期的な意味がある。将来を担う若者が現場を実見する機会を設定できたのは、教育者としてすばらしい。
(4)被災地訪問で父兄の心配や反対もあったと聞く。従来のスキーも併存させた方策も賢明であったと思います。
 一般人は通常の生活のしがらみ等もあり、希望してもなかなか震災地訪問は適いません。その中で、学校が修学旅行先を敢えて震災地に選んだことは、生徒への新鮮な刺激になったでしょうし、すばらしい判断であったと思います。
貴校の一層の発展を祈ります。

⑯ 1月15日
 ニュースで貴校修学旅行の件を知り、校長先生ならびに諸先生、職員の方々の生徒さん、そして子ども達の将来を思う教育の志に感銘いたしました。
 道きわまれば、種々疑念を抱かれてしまわれ、ご心労もたえないことと思われます。
 しかし、徳を持って、善良な判断し、次代を担う人を育成することを実践している勇気と行動力、本来の修学の意味を問うた旅行、きっと貴校の生徒さんは10年、20年後幸せな出会いであったと思い出してくれることでしょう。
 教育はその代償を求めてはならないと言いますが、対価としてお金ではない賞賛をお送りさせていただきたいと思います。
 今後とも貴校の発展隆昌を祈念いたします。

⑰ 1月15日 卒業生(H8年卒)より
 この度、修猷館の生徒たちが「修学旅行で敢えて東北に」、という新聞記事を見て、OBとして、胸が熱くなりました。
 通常のスキー旅行とは比べられないほど、生徒にとって得るものが大きかったのではないかと思います。
 賛否両論、多くの意見があったことと思いますが、決断された先生方のご英断は素晴らしかったと思います。
 現在、東京に住んでいる同級生の中でも、このニュース記事はすぐに話題に上り、皆、誇らしい気持ちになったと申しておりました。
 事務局側も、いろいろご苦労が多かったことと思いますが、お疲れ様でした!
 後輩たちの益々の成長と、修猷館の発展を心から祈念しています。

⑱ 1月15日 卒業生(S53年卒)より
 修学旅行のホームページをみてメールしています。
 この件を知ったのは、石巻市の薬剤師Tさんという方がファイスブックで「素晴らしいニュース」として投稿があり知りました。
 私は昨年4月に薬剤師ボランティアとして石巻市に行きました。現状を見て言葉は出ませんでした。只々自分の無力さと現地の方々の辛抱強さ、そして 「がんばろう石巻」の言葉の力を感じました。
 現地に行かなければ、その痛みを共有することはできません。
 今回 すごい決断をなさったことと思います。当然反対にもあわれたことでしょう。しかし 現地に行った子供たちの心には、強い思いや力が芽生えたことと思います。
 国を思う、人を思いやる・・そんな修猷生であってほしい。
 私はとてもとても、この修学旅行の件を誇らしく思います。ありがとうございました。
 常に世の中は厳しい状況です。未来の日本を背負っていく若者をしっかり育ててください。応援してます。
 
【参考】
 H.23.7.21.研修旅行 保護者説明資料

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